- 自 在 空 間 -

35平米ワンルーム二人暮らし夫婦。都心の中古マンション在住。断捨離6年目、ミニマリスト志望。

モノ=思い出、ではない。5足の靴を断捨離して気づいたこと。

歳をとるごとに時間の経つのを早く感じると言いますが、この9月は本当に早かった。

 

まだ暑い日もありますが、カレンダーはもう10月になっちゃいますねえ。

 

さすがに夏物はもうおしゃれじゃないよね・・と、今月すすめてきたのがワードローブ内の見直しでした。

 

洋服、靴、バッグ・・etc.

もろもろ処分した中から、今日は春夏に手放した靴たちを。

 

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 赤いエナメルのパンプス

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これを履くと、いつも必ず同じところが靴ずれを起こしてしまって帰り道が悲惨なことになっていました。

靴ずれ対策をいくつか試してみましたがどれもダメで、あきらめて処分することに。

それでも10回くらいは履いてみたかな?気に入っていただけに残念でした。

 

色違いでベージュも持っていますが、そちらは何ともないんですよね。。どうしてだったんだろう。

 

 

ウェッジソールのサンダル

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ヒールが10センチくらいあるのに歩きやすいので、裾を長く残したバギーのデニムに合わせることが多かったです。

 

カラフルな色遣いがお気に入りでしたが、このかわいさも最近は好みの変化とともに違和感を感じるようになり、出番がほとんどありませんでした。

 

実はすでに6月頃から処分を検討していましたが、とりあえず夏を過ごして判断しようと思いとどまりまっていたのでした。しかし、夏を終えてみたもののやはり出番は少なく・・。もう来年も履くことはないだろうと判断して手放すことにしました。

 

 

ゴールドのトングサンダル

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この画像だとキレイですが実物はだいぶくたびれてきており、はがれたりヨレたりと寿命を迎えてしまいました。

 

細い鼻緒だと靴ずれしやすかったのですが、こちらはまったくせず、むしろ履きやすかったです。ワンマイル用として本当に重宝していたので残念ですが仕方ないですね。

 

買ったのは一昨年の夏、しまむらで980円だったことを考えると充分すぎるくらいです!

靴ってお値段じゃないですね。足に合うか合わないか、その1点だと思います。

 

 

コンバースのスニーカー(ピンク)

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キャンバス地でないため足になじみにくく、いつも右の親指の付け根あたりが当たって痛くて気になっていました。

 

スニーカーを好きになるきっかけの靴でもあり、すごーくすごーく気に入っていましたが、毎回履くたびの不快感に小さなストレスを感じていたのも事実。

 

新しいスニーカーを購入したタイミングで入れ替えに後ろ髪をひかれながら手放しました。

 

 

コンバースのスニーカー(黒)

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一方こちらのコンバースは、すっかり履きつぶしてしまったための処分です。ソールはすり減り穴もあき、全体的にくたびれてきてしまいました。

 

このコンバース、実は思い出のつまったモノでした。ですが、こうして写真を見るだけでも思い出はよみがえってくるんですよね。そのことに気づき、思い切って処分してみました。

 

 

思い出はモノじゃない

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所有した期間の長い短いにかかわらず、お金と労力をかけて手に入れたモノたちですから、やはりそれなりに思い入れがあります。

 

その靴を履いて行った場所や、一緒にいた人たち、過ごした時間など、履く頻度は減っても、その靴を目にするたびに思い出すことができました。

 

だけど「靴」として考えたとき、足に合わない、だいぶ傷んできた等の不快感があったりして用をなさなくなってしまったのも事実。

 

それならばいっそのこと手放して、その事実と思い出とのジレンマ=ストレスを解消しようと思ったのでした。

 

結果として良かったです。

家の収納スペースも空き、「もう履かない傷んだ靴」を管理する手間もなくなりました。

 

靴=モノそのものが手元になくても、こうして写真を見れば前と変わらずはっきりと思い出すことができます。

 

モノ=思い出、ではなく、モノは思い出を記憶からひっぱりだすきっかけでしかありませんでした。

 

モノはただのモノ。

これからはモノよりも思い出を増やしていきたいです。